
「宿題が終わったら、お菓子をあげるね」
「頑張ったらシールを貼ろう!」
「テストで100点を取ったら、ご褒美を買ってあげるよ」
子育てや教育の場面で、こうした言葉を耳にすることは少なくありません。
子どもに頑張ってほしい。少しでも前向きに取り組んでほしい。
そんな大人の思いから生まれる言葉だと思います。
もちろん、ご褒美をもらって嬉しくない子どもは少ないでしょう。実際、ご褒美によって行動が促されることもあります。
けれども、ここで一つ考えてみたいことがあります。
ご褒美によって行動することと、子ども自身の「やってみたい」という気持ちが育つことは、同じなのでしょうか。
実は、この問いについては、長年にわたり心理学や教育学の研究が行われています。
今回は、ハーバード大学の研究報告や、子どもの学習意欲に関する心理学研究を手がかりに、子どもの「やる気」について考えてみたいと思います。
1. 子どもは、もともと学ぶことが好き
小さな子どもたちを見ていると、驚かされることがあります。
何度も同じことを試してみたり、うまくいかなくても繰り返し挑戦したり。
「どうして?」
「もう一回やりたい!」
「自分でやってみる!」
そこには、ご褒美がなくても夢中になっている姿があります。
子どもは、身の回りの世界を知りたいという好奇心を持っています。
心理学では、活動そのものへの興味や楽しさから生まれる意欲を「内発的動機づけ(Intrinsic Motivation)」と呼びます。
一方、ご褒美や評価など、活動の外にある結果によって行動が促されることを「外発的動機づけ(Extrinsic Motivation)」と呼びます。
どちらも人間の行動を支える大切な要素です。
ただし、教育の場では、外からの働きかけが子どもの内側にある意欲にどのような影響を与えるのか、慎重に考える必要があります。
2. ご褒美が、かえって意欲を弱める? 心理学研究が示すこと
1973年、心理学者Mark Lepper、David Greene、Richard Nisbettらは、幼児を対象に興味深い実験を行いました。
研究対象となったのは、もともと絵を描くことが好きだった子どもたちです。
研究では、子どもたちを異なる条件に分けました。
- 絵を描けば賞がもらえると、事前に知らされるグループ
- 事前の約束はなく、絵を描いた後に予想外の賞をもらうグループ
- 賞をもらわずに絵を描くグループ
その後、子どもたちが自由に遊ぶ時間に、どの程度自発的にお絵描きをするかを観察しました。
すると、事前に賞を約束されていた子どもたちは、ほかのグループに比べて、お絵描きに自発的に取り組む時間が少なくなったのです。
もともとは、絵を描くこと自体が楽しかったはずです。
ところが、そこに「賞をもらう」という目的が加わったことで、活動そのものへの関心が弱まった可能性が示されました。
これは「過剰正当化効果(Overjustification Effect)」と関連する研究として知られています。
ただし、この実験は、ご褒美があらゆる子どもや活動に悪影響を与えると証明したものではありません。
もともと好きだった活動に、事前に約束された報酬を加えることには注意が必要だという示唆を与えてくれる研究なのです。
128の研究を分析すると、何がわかったのか
1999年、心理学者Edward Deci、Richard Koestner、Richard Ryanらは、ご褒美と内発的動機づけに関する128の研究を分析しました。
これは「メタ分析」と呼ばれる研究手法で、複数の研究結果を統計的に統合し、全体的な傾向を調べるものです。
その結果、特に注目されたのが、事前に約束された物質的な報酬の影響です。
研究では、課題への参加や完了、成果に応じて与えられる報酬が、報酬のない自由時間に自発的に取り組む行動を弱める傾向が見られました。
一方で、肯定的なフィードバックは、内発的動機づけを高める効果も示しました。
つまり、ご褒美といっても、すべてが同じように働くわけではありません。
「これをやったら何かをあげる」という約束と、
「前よりできるようになったね」と成長を伝えること。
この二つは、子どもにとって異なる意味を持つ可能性があるのです。
なお、ご褒美の効果については研究者の間でも議論があります。CameronとPierceらによる別のメタ分析では、報酬が内発的動機づけを広く低下させるという結論には慎重な立場が示されています。
研究全体から考えるべきことは、「ご褒美は必ず悪い」という単純な話ではありません。
何を目的に、どのようなご褒美を、どのような場面で与えるのか。
そこが重要なのだと思います。
3. ハーバード大学の研究報告から考える、子どもの意欲を育む環境
2018年、ハーバード大学のCenter on the Developing Childは、動機づけの発達に関する研究報告書を公開しました。
『Understanding Motivation: Building the Brain Architecture That Supports Learning, Health, and Community Participation』という報告書です。
この報告書では、人間の意欲が単純な報酬だけで決まるものではなく、脳の発達、経験、環境、人との関わりなど、さまざまな要因によって形づくられることが説明されています。
子どもは、生まれながらに探索し、学ぼうとする傾向を持っています。
そして、その意欲が育まれるかどうかには、周囲の環境や大人の関わり方が大きく関係します。
ここで私が特に大切だと感じるのは、子どもが自分で行動し、挑戦し、その経験から学べる環境を整えるという視点です。
大人が常に何かを与えたり、評価したりしなければ、子どもは動かないのでしょうか。
決してそうではないと思います。
むしろ、大人の役割は、子どもの行動をすべて外側からコントロールすることではなく、子どもの中にある好奇心や意欲を支えることではないでしょうか。
4. 英語教育の現場で大切にしたいこと
子どもたちの関わり中で大切にしているのは、英語を単に覚える教科としてではなく、人と世界をつなぐことばとして学んでほしいということです。
英語を使って、自分の考えを伝える。
相手の話に耳を傾ける。
知らなかった世界に興味を持つ。
そして、間違いを恐れずに挑戦する。こうした経験の中で、子どもたちは少しずつ自信を育んでいきます。
例えば、レッスン中に子どもが一生懸命、自分の言葉で何かを伝えようとしているとき。その子にとって大切なのは、正しい英文を言えたかどうかだけではありません。
「伝わった!」「自分で言えた!」「もう少し話してみたい!」
そんな小さな成功体験が、次の挑戦につながっていきます。もちろん、ゲームやシール、スタンプなどを使うこともあります。
子どもたちが楽しみながら取り組むための工夫は、レッスンにとって大切な要素です。
ただ、私が意識したいのは、それらが学びの目的そのものにならないことです。シールを集めるために英語を話すのではなく、英語を使う楽しさを感じた結果として、学ぶことが好きになってほしい。
ご褒美はきっかけになることがあっても、それだけに頼らない学びをつくっていきたいと思っています。
「すごいね!」の先にある言葉がけ
子どもが何かに成功したとき、私たちはつい「すごいね!」「よくできたね!」と声をかけます。
もちろん、喜びを一緒に分かち合うことは大切です。ただ、もう一歩踏み込んでみると、子ども自身が成長に気づく機会をつくることができます。
例えば、
「さっきは難しかったけれど、自分で言えたね」「どうやってその答えを考えたの?」
「前と比べて、どこができるようになったと思う?」「次はどんなことに挑戦してみたい?」
こうした言葉は、子ども自身の経験や考えに目を向けるきっかけになります。大人から評価されることだけが喜びになるのではなく、自分で成長を感じられること。
そして、次に何をしたいかを自分で考えられること。
その積み重ねが、主体的に学ぶ姿勢につながっていくのではないでしょうか。
5. ご褒美よりも大切にしたい、子どもの「やってみたい!」
ご褒美があるから頑張る。褒められるから挑戦する。もちろん、それが最初の一歩になることもあります。
けれども、子どもたちがこれから成長していく中で、いつも誰かがご褒美を用意してくれるわけではありません。
自分で目標を見つけ、考え、時には失敗しながらも、もう一度挑戦する。そんな力を育てていくことが、教育の大切な役割だと考えています。
そのために、大人ができることは何でしょうか。
すぐに答えを与えないこと。子どもの選択を尊重すること。結果だけではなく、そこに至る過程にも目を向けること。
そして、子どもの「やってみたい」という気持ちを大切にすること。
子どもを動かすために、何を与えるか。
それ以上に、
子どもが自分から動きたくなるために、どんな環境をつくれるか。
私は、これからもその問いを大切にしながら、子どもたちと向き合っていきたいと思います。
英語を学ぶ時間が、単に知識を増やすだけではなく、自分で考え、伝え、挑戦する喜びを知る時間であってほしい。
それが、私の願いです。
参考文献・研究資料
1. Harvard University / National Scientific Council on the Developing Child(2018)
Understanding Motivation: Building the Brain Architecture That Supports Learning, Health, and Community Participation. Working Paper No. 14.
ハーバード大学Center on the Developing Childによる、動機づけの発達と環境の関係についての研究報告書。
2. Lepper, M. R., Greene, D., & Nisbett, R. E.(1973)
Undermining children’s intrinsic interest with extrinsic reward: A test of the “overjustification” hypothesis.
Journal of Personality and Social Psychology, 28(1), 129–137.
3. Deci, E. L., Koestner, R., & Ryan, R. M.(1999)
A meta-analytic review of experiments examining the effects of extrinsic rewards on intrinsic motivation.
Psychological Bulletin, 125(6), 627–668.
https://doi.org/10.1037/0033-2909.125.6.627
4. Cameron, J., & Pierce, W. D.(1994)
Reinforcement, reward, and intrinsic motivation: A meta-analysis.
Review of Educational Research, 64(3), 363–423.
※本記事は、上記の研究報告書・学術論文を参考に、子どもの学習意欲と英語教育について考察したものです。研究の結果と、筆者自身の教育実践に基づく考えは区別して記載しています。





