
英検の一次試験を通過すると、3級以上では二次試験の面接があります。
教室でもこの時期になると、二次試験に向けた面接練習が始まります。
その中で、生徒たちからよく聞かれる質問があります。
「先生、質問が聞き取れなかったらどうしたらいい?」
そして、
「聞き返したら減点される?」
というものです。
英検の公式情報では、質問が聞き取れなかった場合などに、
自然な流れの中で英語で聞き返すこと自体は減点の対象にはならないとされています。
ただし、不自然な聞き返しや、繰り返し聞き返す場合などは減点の対象になることがあります。
ですから、聞き取れなかったときには、
Could you say that again, please?
などと聞き返すことができます。
ここまでは「英検二次試験の対策」としてよく知られている話かもしれません。
でも「聞き返す」ということを
試験を乗り切るためのテクニックだけで終わらせるのは、とてももったいないと思っています。
なぜなら、「わからないときにどうするか」には、その人のコミュニケーション力が表れるからです。
1.英語ができる=全部わかる、ではない
子どもたちが英語を学んでいると、いつの間にかこんな感覚を持つことがあります。
「全部聞き取らなければいけない」
「知らない単語があったらダメ」
「正しい英文で答えなければいけない」
学校のテストでは、問題を正確に理解して、正しい答えを選んだり書いたりすることが求められます。
英検の一次試験でも、語彙、文法、読解、リスニングなど、英語をどれだけ理解できているかが問われます。
もちろん、これは大切な英語の力。
ただ、実際に誰かと英語で話す場面になると、それだけでは十分ではありません。
相手の話すスピードが速いこともある。知らない単語が出てくることもある。
発音やアクセントが、自分が普段聞いている英語と違うこともある。
周囲が騒がしくて聞こえないことだってあります。
母語である日本語でさえ、私たちは相手の話を一度で100%理解しているわけではありません。
「え?もう一回言って」
「それって、こういう意味?」
「ごめん、最後のところが聞こえなかった」
そんなやり取りをしながら、会話を続けています。
ところが英語になると、一度で聞き取れなかっただけで、
「私は英語ができない」と感じてしまうことがあります。
でも、英語を使う力とは、本当に「一度ですべて理解できる力」なのでしょうか。
聞き取れなかったら聞き返す。わからなければ確認する。自分の言いたい単語が出てこなければ、知っている言葉で説明する。
つまり、うまくいかなかったときにも、コミュニケーションを続けられること。
これも英語力の大切な一部なのです。
2.「知っている英語」と「コミュニケーションできる英語」は同じではない
第二言語教育には、communicative competence(コミュニカティブ・コンピテンス/コミュニケーション能力)という考え方があります。
英語が使えるということを、単に「文法的に正しい英文を作れること」だけで捉えない考え方です。
Canale と Swain、そしてその後の Canale の議論では、コミュニケーション能力を考える際、
文法的な知識だけでなく、社会的な状況に合った言葉の使い方、話全体をつなげる力、
そしてコミュニケーション上の問題に対応するための方略など、複数の側面が重視されました。
これは英語教育を考える上で、とても重要な視点だと思います。
たとえば、文法問題で満点を取れる子が、必ずしも初対面の人と英語で会話を続けられるとは限りません。
反対に、まだ文法的な間違いはあっても、相手の話を聞き、反応し、聞き返し、知っている言葉を使いながら一生懸命伝えようとする子もいます。
どちらが「英語ができる」のか。
これは単純には決められません。
大切なのは、英語についての知識を持っていることと、
その知識を人とのやり取りの中で使えることは、完全に同じではないということです。
だからこそ、子どもたちには「正しい英文を作る練習」だけではなく、「相手と英語でやり取りする経験」も必要なのだと思います。
3.「聞き返す」はコミュニケーション・ストラテジー
第二言語でコミュニケーションをするとき、私たちはいつも必要な単語や文法をすべて持っているわけではありません。
そこで使われるのが、一般にcommunication strategies(コミュニケーション・ストラテジー)と呼ばれるものです。
たとえば、聞き取れなかった部分をもう一度言ってもらう。わからない部分を確認する。
難しい単語が出てこなければ、もっと簡単な言葉で説明する。ジェスチャーを使う。
相手の反応を見ながら、伝わっているか確認する。
こうした行動です。
英語を話していて単語が出てこないとき、
「わからないから、もう話せない」
で終わるのか。
それとも、
「別の言葉で説明できないかな?」と考えるのか。
この違いは大きいと思います。
つまり、
「わからない」→「会話終了」
ではなく、
「わからない」→「では、どうすればこのやり取りを続けられる?」
と考える。
この「次の一手」を持っていることが、実際に英語を使うときにはとても大切です。
4.会話では「意味の交渉」が起きている!?
もう一つ、英語教育を考える上で興味深い考え方があります。
それが、negotiation of meaning(意味の交渉)です。
少し難しく聞こえますが、実際には私たちが普段の会話で自然にやっていることです。
相手の言ったことがわからない。
「もう一度言ってもらえますか?」
相手が少し違う言い方をする。
「ああ、そういうことか」
理解が成立する。
あるいは、自分が言ったことが相手に伝わっていない。
別の言葉で言い直す。
相手が理解する。
こうして、お互いに少しずつ意味を調整しながら会話を進めています。
第二言語習得研究では、このような相互作用が学習にとって重要だと考えられてきました。
つまり、
「一度でわからなかった」という瞬間は、必ずしも失敗ではない。
むしろ、そこで相手とやり取りをすることによって、理解が深まったり、
新しい表現に気づいたりする可能性があります。
そう考えると、
Could you say that again, please?
という一言の見え方も少し変わってきませんか?
これは単なる「困ったときのフレーズ」ではありません。
相手との間に生じた理解のズレを、自分から修復しようとする言葉でもあるのです。
5.なぜ子どもは「わかりません」と言えないのか
面接練習をしていると、質問を理解していないのに黙ってしまう子がいます。
なんとなく笑ってしまったり、周りの様子を見たり、
とりあえず何か答えようとしたりすることもあります。これは英語に限ったことではありません。
子どもにとって、
「わかりません」
「もう一度お願いします」
「ここが理解できません」と言うことは、意外と勇気が必要です。
「わからないと言ったら恥ずかしい」
「できないと思われたくない」
そんな気持ちが働くこともあるでしょう。
でも、学習という視点で考えると、
「自分がわかっていないことに気づける」ことは、とても大切です。
これはメタ認知とも関係します。
自分はどこまで理解できているのか。何がわかっていないのか。今の自分には何が必要なのか。
自分の理解の状態を一歩引いて捉えることができるから、
「もう一度聞こう」
「確認してみよう」
「別の方法を試してみよう」
という行動が生まれます。
だから子どもが「わからない」と言ったとき、それを単純に「できていない状態」
とは捉えることはできないのです。
「わからないことに自分で気づいた」
という一歩でもあるからです。
英検の面接で聞き返すという小さな行動にも、「自分は今、十分に理解できていない」と判断し、
次の行動を選択するプロセスがあります。
これは、英語学習だけではなく、自分で学んでいく力にもつながっていくと思っています。
6.大切なのは「失敗しない力」より「修復できる力」
コミュニケーションでは、必ずズレが起こります。
聞こえない。意味がわからない。自分の言葉が相手に伝わらない。相手が自分とは違う意味に受け取る。
母語であっても同じです。
大切なのは、ズレを一度も起こさないことではなく、ズレが起きたときにどう修復するか。
コミュニケーション研究では、このよう大切なのは、ズレを一度も起こさないことではなく、ズレが起きたときにどう修復するか。
コミュニケーション研究では、このようなやり取りの立て直しは「repair(修復)」という観点からも研究されています。
「今のところ、もう一度言って」
「○○という意味?」
「いや、そうじゃなくて……」
こうしたやり取りを、私たちは日常的に行っています。
つまり、本当のコミュニケーションとは、一人が完璧な言葉を発し、もう一人が完璧に理解すること
ではありません。
お互いに確認したり、言い直したり、聞き返したりしながら、二人で意味をつくっていくものです。
私はこの視点が、子どもの英語教育でもとても大切だと思っています。
「間違えないように話しなさい」
だけではなく、
「伝わらなかったら、もう一度やってみよう」と言えること。
子どもたちに必要なのは、「失敗しないコミュニケーション」ではなく、「うまくいかなかったときにも立て直せるコミュニケーション」なのかもしれません。
7.「正しい英語」を求めすぎると、話せなくなることがある
英語を教えていると、単語や文法をたくさん知っているのに、話そうとすると止まってしまう子に出会います。
頭の中で、
「この文法で合っているかな」「三単現のsは?」
「過去形にしないと」「この単語で合ってる?」
と考えているうちに、言葉が出なくなってしまう。
一方で、まだ語彙も文法も十分ではないけれど、知っている単語をつないで、ジェスチャーも使って、
「なんとか伝えよう」とする子もいます。
もちろん、だから文法を学ばなくていいという話ではありません。
正確さは大切です。語彙も必要です。
文法を学ぶことで、より複雑なことを、より正確に伝えられるようになります。
ただ、英語教育で大切なのは、accuracy(正確さ)だけではないということです。
実際に英語を使うためには、fluency(流暢さ)や、相手とのやり取りを成立させる力も必要になります。
正確さを求めるあまり、「間違ってはいけない」と思わせてしまえば、子どもは英語を口にすること自体をためらうようになるかもしれません。
だから教室では、正しい英語を身につけることと同時に、
「今持っている英語で、まず伝えてみる」という経験も大切にしたいと思っています。
8.英検二次試験は「相手がいる英語」を経験する場所
英検二次試験は、もちろん試験です。評価基準があり、形式があります。
ですから、試験の流れを理解すること、質問のパターンを知ること、答え方を練習することは必要。
教室でも、そこはしっかり練習します。
でも私は、面接対策を、「この質問が来たら、この文章を言えばいい」
という暗記だけにはしたくありません。
面接官の話を聞く。
質問を理解する。
自分で考える。
自分の持っている英語を使って答える。
聞き取れなかったら、もう一度聞く。
そこには筆記試験とは違う、
「相手がいる英語」
があります。
これは、普段教室で大切にしている英語ともつながっています。
英語は、自分一人で正解を書くためだけのものではありません。
英語の向こう側には、人がいます。自分の考えを伝える人がいて、相手の考えを受け取る人がいる。
だから、相手との間にズレが生まれたら、それを埋めようとする。
その経験まで含めて、私は「英語を使う」ということだと思っています。
9.面接対策で、本当に練習したいこと
二次試験前になると、つい「模範解答をたくさん覚えたほうがいいのでは」と考えたくなります。
もちろん、よく使う表現や答え方の型を身につけることは役立ちます。
でも、それと同時に練習しておきたいのが、予定どおりにいかなかったときの対応です。
質問を一度で聞き取れなかったらどうするか。
考えていた答えが途中でわからなくなったらどうするか。
知らない単語を使いたくなったらどうするか。
少し考える時間が必要になったらどうするか。
本番では、練習した通りのことだけが起こるとは限りません。
だからこそ、面接練習では「正解を言えたか」だけではなく、
困ったときに、自分で次の行動を選べたか。
というところも見てあげたいと思います。
試験対策というと、どうしても「何が出るか」に目が向きます。
でも、本当は、「想定外のことが起きたときにどうするか」
も大切な準備なのです。
10.英検はゴールではなく、英語を使う途中にある
英検に合格することは、子どもたちにとって大きな自信になります。
努力してきた成果が形になることも、とても大切です。
だから私も、一人ひとりに合格してほしいと思いながら指導しています。
でも、英検で身につけたことが英検の中だけで終わってしまうのは、やはりもったいない。
二次試験のために覚えた、
Could you say that again, please?
という一言。
これは、試験が終わったら必要なくなる英語ではありません。
むしろ、その先で本当に英語を使うようになったときにこそ必要になります。
海外へ行ったとき。外国の人と話したとき。
オンラインで世界の人とつながったとき。将来、仕事で英語を使うようになったとき。
すべてを一度で聞き取れるとは限りません。言いたいことが全部言えるとも限りません。
それでも、
「わからないから、もう一度聞こう」
「この言葉が出てこないから、別の言い方をしてみよう」
「伝わっていないみたいだから、もう一度説明してみよう」
と思える。
知らないことに出会っても、わからないことがあっても、自分の持っている言葉を使って人と関わっていく。
そして、うまくいかなければ、もう一度やってみる。
英語ということばを使って、人とつながり続ける。
そんな力を、子どもたちには身につけてほしいと思っています。
これから二次試験を受けるみんなへ
ここまで、たくさん練習してきました。
うまく答えられた日もあれば、質問が聞き取れずに焦った日もあったと思います。
でも、それも全部、本番につながっています。
当日は、
「間違えないように」ではなく、「目の前の人に伝えよう」。
そんな気持ちで大丈夫です。
聞いて、考えて、自分の言葉で答える。
聞き取れなければ、もう一度聞く。
言葉が出てこなければ、今知っている英語で伝えてみる。
面接室から出てきたとき、
「全部完璧にできた」ではなくてもいい。
「英語で人と話してきた」
そう思える経験を一つ持って帰ってきてくれたら、それもまた大きな一歩です。
英検二次試験は、合格・不合格だけで終わる経験ではありません。
これまで学んできた英語を、目の前にいる誰かに向かって使ってみる。
その経験が、また次の英語につながっていくはずです。
参考文献・参考資料
・日本英語検定協会「二次試験を受ける上での注意」
・Canale, M. & Swain, M. (1980). Theoretical Bases of Communicative Approaches to Second Language Teaching and Testing. Applied Linguistics, 1(1), 1–47.
・Canale, M. (1983). From Communicative Competence to Communicative Language Pedagogy. In J. C. Richards & R. W. Schmidt (Eds.), Language and Communication.
・Long, M. H. (1996). The Role of the Linguistic Environment in Second Language Acquisition. In W. C. Ritchie & T. K. Bhatia (Eds.), Handbook of Second Language Acquisition.
・Dörnyei, Z. & Scott, M. L. (1997). Communication Strategies in a Second Language: Definitions and Taxonomies.Language Learning, 47(1), 173–210.




